みやけ雪子タイトル

2016年12月04日

最低賃金法

昭和三十三年二月二十日(木曜日)祖父石田博英労働大臣(当時)の法案趣旨説明です。

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○石田国務大臣 ただいま議題となりました最低賃金法案につきまして、その提案理由及び概要を御説明いたします。
 終戦以来わが国における労働法制は労働組合法、労働関係調整法、労働基準法など急速に整備されたのでありますが、これらの法制により近代的労使関係が確立され、また産業の合理化を促進し、わが国の経済復興に寄与するところ少くなかったことは、否定し得ない事実であります。
 労働基準法は、労働条件の最低基準について詳細な規定を設けているのでありますが、同法に定める最低賃金に関する規定は、今日まで具体的に発動されなかったのであります。これが理由について考えますと、まず、終戦後の経済の混乱が最低賃金制の実施基盤をつちかえなかったことが指摘されるのでありますが、さらに基本的には中小企業、零細企業の多数存在するわが国経済の複雑な構成のもとにあっては、労働基準法に規定する最低賃金制のみによっては、その円滑な実施を期し得ないものが存したからにほかならないからであります。
 昭和二十五年、労働基準法に基いて設置された中央賃金審議会は、絹人絹織物製造業等四業種に対する最低賃金の実施について、昭和二十九年に政府に答申を行なったのでありますが、これが実現を見るに至らなかったゆえんも、当時の経済情勢とともに、わが国経済における中小企業の特異性に存したといえるのであります。しかしながら、賃金は労働条件のうち最も基本的なものであり、特に賃金の低廉な労働者について今日最低賃金制を実施することは、きわめて有意義であると考えるのであります。
 最低賃金制の確立は、ただに低賃金労働者の労働条件を改善し、大企業と中小企業との賃金格差の拡大を防止することに役立つのみでなく、さらに労働力の質的向上をはかり、中小企業の公正競争を確保し、輸出産業の国際信用を維持向上させて、国民経済の健全な発展のために寄与するところが大きいのであります。
 翻って世界各国に眼を転じますと、十九世紀末以来、今日までに四十数カ国が最低賃金制を実施し、また国際労働機関においてもすでに三十年前に最低賃金に関する条約が採択され、これが批准国も三十五カ国に達して、いることは御承知の通りであります。経済の復興と労働法制の整備に伴い、わが国の国際的地位は次第に高まり、昭和二十六年には国際労働機関へ復帰し、さらに昭和三十一年には、念願の国際連合への加盟も実現されたのでありますが、またそれゆえに、世界各国は、わが国経済、特に労働事情に関心を有するに至っているのであります。なかんずく諸外国において、特に大きな関心を持って注目しているのは、わが国の賃金事情であります。過去においてわが国輸出産業がソーシャル・ダンピングの非難をこうむったのは、わが国労働者の賃金が低位にあると喧伝されたからであります。かかる国際的条件を考えましても、この際最低賃金制を実施することは、きわめて意味があると考えるのであります。しかしながら、諸外国における最低賃金制の実施状況を見ても知り得るごとく、その方式、態様は決して一様のものでなく、それぞれの国の実情に即した方式が採用されているのであります。従いまして、わが国の最低賃金制もあくまでわが国の実情に即し、産業、企業の特殊性を充分考慮したものでなければならないことは言うまでもないところであります。
 政府といたしましては、最低賃金制の大きな意義にかんがみ、最低賃金制のあり方についてかねてから検討して参ったのでありますが、昨年七月、中央賃金審議会に、わが国の最低賃金制はいかにあるべきかについて諮問したのであります。同審議会は、その後、真剣な審議を重ねられ、十二月に至り最低賃金制に関する答申を一致して労働大臣に提出されたのでありますが、同答申は、「産業別、規模別等に経済力や賃金に著しい格差があるわが国経済の実情に即しては、業種、職種、地域別にそれぞれの実態に応じて最低賃金制を実施し、これを漸次拡大していくことが適当な方策である」と述べているのであります。今日においても、最低賃金制の実施は中小企業の実情にかんがみ、時期尚早であるとの論も一部にはあるのでありますが、現実に即した方法によってこれを実施するならば、中小企業に摩擦と混乱を生ずるようなことはなく、その実効を期し得られるものであり、むしろ中小企業経営の近代化、合理化等わが国経済の健全な発展に寄与するものと考えるのであります。
 本法案は、以上の見地から中央賃金審議会の答申を全面的に尊重して作成いたしたものでありますが、次にその主要点について御説明いたします。
 その第一は、最低賃金の決定は、業種、職種または地域別にその実態に即して行うということであります。最低賃金制の基本的なあり方について、全産業一律方式をとるべきであるとの意見があります。しかしながら、わが国においては、産業別、規模別等によって経済力が相当異なり、また賃金にも著しい格差が存在しているのでありまして、かかる現状において全産業全国一律の最低賃金制を実施することは、ある産業ある規模にとっては高きに失し、他の産業、規模にとっては低きに失し、これがため一般経済に混乱と摩擦を生じ、本制度の実効を期し得ないおそれがあると考えるのであります。ここに、対象となる中小企業の実態を最も適切に考慮して最低賃金を決定し得るごとく、業種、職種、地域別に最低賃金を決定し、漸次これを拡大していくこととした理由が存するのであります。
 第二は、最低賃金の決定について、当事者の意思をでき得る限り尊重し、もって本制度の円滑なる実施をはかるため、次の四つの最低賃金決定方式を採用していることであります。すなわちその第一は、業者間協定に基き、当事者の申請により最低賃金を決定する方式であり、第二は、業者間協定による最低賃金を、一定の地域における同種労使全部に適用される最低賃金として決定する方式であり、第三は、最低賃金に関する労働協約がある場合に、その最低賃金を一定の地域における同種労使全部に適用されるものとして決定する方式であります。これら三つの方式のいずれの場合も、政府は、中央、地方に設けられる労使公益各同数の最低賃金審議会の意見を聞いて最低賃金を決定することといたしております。第四は以上一ないし三の方式によることが困難または不適当である場合に、行政官庁が最低賃金審議会の調査審議を求めて、その意見を尊重して最低賃金を決定する方式であります。以上のごとく四つの決定方式を採用し、それぞれの業種、職種、地域の実情に即して最低賃金制を実施することとし、もって本制度の円滑にして有効な実施を期した次第であります。
 第三は、決定された最低賃金の有効な実施を確保するため必要な限度において、関連家内労働について最低工賃を定めることができることとしたことであります。わが国の中小企業は零細規模のものが多く、その経営は下請的、家内労働的な性格を有するものが多いのであります。しかも、わが国においてはこれら中小企業と併存する関連家内労働者が多数存在し、これら家内労働者の労働条件には劣悪なものが少くないのであります。しかして、一般の雇用労働者に最低賃金が適用され、これと関連する家内労働を行う家内労働者の工賃が何ら規制されない場合には、家内労働との関係において最低賃金の有効な実施を確保し得ない事態を生ずるおそれがあるのであります。もとより、家内労働については改善すべき幾多の問題がありますので、政府は家内労働に関する総合的立法のため調査準備を行うとともに、さしあたり本法案中に必要な限度において最低工賃に関する規定を設け、最低賃金制の有効な実施を確保すると同時に、家内労働者の経済的地位の安定に資することとした次第であります。
 以上が本法案の主要点でありますが、本法の適用範囲は、原則として労働基準法及び船員法の適用あるもの全部とし、これが施行に関する主務大臣は労働基準法適用関係については労働大臣とし、船員法適用関係については運輸大臣としております。その他最低賃金審議会の設置運営に関する事項、業者間協定締結等に対する援助、勧告、及び違反の防止等に関する所要の規定を設けるほか、関係法令に関する整備を行い、もって最低賃金制の円滑なる実施を期しているのであります。
 政府といたしましては、最低賃金制を法制化することは、わが国労働法制上まさに画期的なことであり、かつその意義もきわめて大きいと信ずるのであります。しかしながら、何分にも最低賃金制は、わが国において初めての制度であります。いかにわが国の実情に即した最低賃金制でありましても、これを円滑有効に実施するためには中小企業の経営基盤の育成をはかることが必要であることは申すまでもないところであります。政府は最低賃金制の実施状況等を勘案しつつ、中小企業対策等について、今後とも十分配慮を行なって参りたい所存であります。またいかに大きな意義を有する最低賃金制が実施されたとしましても、法制定の趣旨が十分認識されず、本制度が誤まって運用される場合には、労使関係の安定が阻害されるのみならず、社会経済の混乱を招くことにもなるのであります。政府といたしましては、本制度に対する労使の深い理解と絶大なる協力を期待するとともに、広く国民一般の支援を求め、これが円滑なる運営をはかりたいと存じている次第であります。
 以上が最低賃金法案の提案した理由及び概要でございます。何とぞ慎重審議の上、すみやかに御賛同あらんことをお願いいたす次第でございます。(拍手)

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