デスクからの電話は、今日は官房長官を追いかけろ、というものだった。菅谷(官房長官番)番記者が別件で動けないらしい。
加藤首相補佐官の動向も気になるが仕方がない。こちらは、別の政治部記者に任せた。
夜回りでは、ハイヤー使用が許されるので、少し助かる。もう11月半ば。何時間も寒空で待機するのは、体力には自信がある水谷でも、さすがに毎晩となると身体に堪える。そういう意味でも、やはりフリーの記者に比べると、記者クラブがぬるま湯だと言われても仕方がない。何から何まで恵まれている。それは自覚しなければと思う。
菅谷は、今日姿をくらましているらしく、議員宿舎で捕まえろ、との指示だったので、宿舎に向かう。早く終わったら、夜回りのハシゴだ。
国会近くの議員宿舎はすでにマスコミでごったがえしていた。記者は1人でいいではないか、と思いがちだが、取材対象が同時に宿舎に戻ることが多く、なかなかそうもいかないのだ。
正面玄関横で他社の記者と雑談していたら、さっそく菅谷が戻ってきた。菅谷が官房長官になってから、閣内で不祥事が続き、何だかいつもその釈明に追われているイメージだったが、これからはその実力の見せどころになるだろう。
車から降りた菅谷を一斉に記者が取り囲んだ。
「明日の鮎川総理会見は、再増税先送りと解散総選挙の発表ですか?」と読読新聞。
「明日、会見があるんだから明日わかるだろう。全く、君たちは・・・。まあ、そういうことになるんだろう」
何時間待っても、取材は一瞬と言うのが、夜回りの常。昔は、自宅まであげて、食事までふるまう政治家もいたと聞くが、最近はそうした話はあまり聞かない。その代わりに、「記者懇」(記者懇談会)はよく開かれる。
水谷は、メモをデスクに送り、すぐ、加藤首相補佐官の会合先に向かった。間に合ったら、交代だ。
(⑧に続く)
注;この小説はノンフィクションであり、登場する会社、人物などは全て架空のものであることを御承知おきください