加藤は、麻布十番の中華料理店で経済団体の幹部との会食中だった。
「お疲れ様!代わるから」と後輩記者に告げ、記者連中の輪に加わる。加藤が女性に甘いと言われているせいか、各社、加藤番を女性記者にしている。わかりやすくて笑ってしまうが、これが現実の取材現場だ。結婚したばかりの奥さんも気が気でないだろう。
「この店、美味しいんだよね」と恨みがましく、親しい毎陽新聞の記者、園辺に話しかける。「高いけどね」と園辺は頷き、苦笑。園辺は年も近く数少ない「反乱軍」の1人なので気も合う。そういえば、鮎川総理もこの店が好きで、よく利用している。いわば、政府御用達店だ。
自分の社の幹部が会食相手の時があり、何だかいたたまれなくなったこともあった。マスコミ幹部との会食は、以前は官邸で秘密裏に行われ、首相動静にも載らなかったものだが、鮎川総理は逆手にとり、わざわざ、目立つ場所でやっている。私たち現場の記者へのプレッシャーだろうが、水谷はめげずに書くべきは書いている。
会食が終わったらしく加藤が、出てきた。
「明日の会見で、解散総選挙ですね」「12月2日公示、14日投開票ですね」口々に、質問が飛び交う。
「僕が言えるわけないでしょ」と加藤が苦笑い。否定しないので、ほぼ決まりだ。
加藤が去り、デスクにメモを送ったら、夜のニュースの中継リポートが決まった。記者会館に、とんぼ返りだ。
⑨に続く。
注;この小説はノンフィクションであり、登場する会社、人物などは全て架空のものであることを御承知おきください