週刊新潮の契約K記者からTEL。もともと新潮の記者だったそうですが、定年になり、現在、
契約で週刊新潮の記者をしていらっしゃるとのこと。
毎週のように会館の部屋を訪れる、他の週刊誌の記者と違い、週刊新潮の記者は会館の
部屋にただの一度も来たこともない。今までの記事も取材なしか、電話取材。当然、私の
人間性も政治活動も知らない。あるのは、イメージのみ。ただ、素材としての『三宅雪子』で
ある。コミュニケーション不足・・・今日の取材はそれを痛感しました。一言めから悪意を持
って取材にされたのも久しぶり。
週刊新潮の特徴は、私に関しては、なぜか会わずに取材をすること。前回の代表選挙の
時も、『小沢系議員が閣僚人事から外され怒っている小沢ガールズ』という結果が先にあ
ったようで、それに沿う答えしか認めないというスタンス。いくら、『決まったことは決まったこ
と。選ばれた菅さんのもとで頑張るしかない』とお話しても、まったく聞く耳を持ってもらえま
せんでした。
このままでは、虚偽の記事が載ってしまうと編集部に抗議。その時にも、『会館に一度もい
らしたことがない、電話取材しかない。メディアとしてどうなのか』という話はさせてもらいま
したが(その後なんと初めてお菓子が送られてきた!!)しかし、今回もあいかわらず電話
取材。『お会いできませんか』の言葉はまったくなし。300円以上の雑誌の販売料金に取
材費は入っていないのかと不思議に思う。メディアとはこういうものになってしまったのだろ
うか?
いや、私の知る限り、1年半、一度も私本人に会わずに記事を書いているのは、週刊新潮
ぐらいである。電話の冒頭から、『ああ、もうこれは書く内容が決まっているな』と思わせる
先入観に満ちたもの。その記者いわく、編集会議があり、取り上げるネタ(候補、ではな
い。この段階で決まっている)を選び、取材の前にスペース(1ページの三分の二だそう)ま
で決めているそう。取材の中身の内容によって記事の大きさや内容が決まるわけではない
のです。よく、雑誌を見ていて、どうしてこの記事がこんなに大きく扱われているんだろうと
感じるのはそのため。誌面が埋まらないと困るわけです。
取材の内容に関して、どうこういうつもりはない。その方法論について今語っています。た
だ、最初から結果ありき、この人が普段どうであろうと、雑誌が売れればいいという態度が
あまりに露骨で、曲がりなりにも僅かな記者体験がある者としては、取材の方法としてどう
だろうかと疑問に思った次第。繰り返しになりますが、取材の中身について言っているので
はありません。手にとるようにK記者が書こうとしている内容がわかる。しかし、彼は今、明
日か明後日の早刷りに間にあわなく焦っている。週刊新潮には、会って取材に応じる旨
など直接伝え、返事待ちです。→その後、K記者は電話をいくらしてもでないし、編集部に
かけても『折り返す』と言ってかかってこない。(電話が入れ違いになっていたようです)
K記者は私のブログを読んでもいないようでした。スペースのことをしきりに気にしていらっ
しゃるように感じました。埋めないと編集部に怒られてしまう、そんな様子が伝わってきまし
た。そういう気持ちは私も記者経験があるのでわかります。
私が話している最中に『その言葉が欲しかったんですよ!!』と言われたときは唖然。
それって取材でないのでは?
このブログで何回も書いていますが、私は大けがをし、介護なしではお風呂には入れませ
ん。また、これもブログで書きましたが、海外での日本の報道を知るため、最近デイリーヨミ
ウリの購読をはじめ、夜はそれを読みながら、訳すことがあります。これが誤解をされた
『英語の勉強』。震災については、在外公館の方から質問されることが多いのです。それに
答えるのも仕事。いずれにしても、軽率な表現・言動につきましては心からお詫び申し上げ
ます。
追伸・一部で噂されているようですが、ガソリンに議員特権などありません。皆さんと同じよ
うに何時間も並び、控え目に10~20リッター入れるだけです。それどころか、それもでき
ず、我が家の車は数日止まってしまっていました。こういう時期のデマは怖いので、いつも
はいちいち反論しませんが、あえて触れさせて頂きました。